スポーツの秋。
2025年11月6日 13時39分こんにちは、村瀬です。
気が付けば、11月に突入しておりました。
肌寒いと感じる時間が大幅に増えましたね。
どうやら風邪をちょうだいしたようで、
久しぶりにマスクをつけて登校している村瀬です。
ところで、11月は、3連休という絶好のスタートでした。
いかがお過ごしだったでしょうか。
村瀬は、
「スポーツの秋」
を満喫しておりました。
とはいっても、
観戦専門です。
主に、2つのスポーツに熱中しておりました。
1つは、「ワールドシリーズ」です。
村瀬と同じように、
胸を熱くした方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか。
メディアで連日取り上げられておりますので、詳細は省きますが、
漫画以上のハチャメチャなストーリーで完結しましたね。
伝説となるであろう第7戦(最終戦)の当日、
村瀬は法要に出掛けておりました。
移動時間などにチラチラと状況を確認していたんですが、
どうにも敗色(オオタニさんがいるチーム)が色濃い様子です。
まあ、しょうがないよねえ、よく頑張ったよねえ、
と、心の中で労(ねぎら)い、おとなしくしておりました。
法要が終わり、最後に食事をとっていると、
携帯に連絡が入っていることに気付きます。
見ると、この試合に関する情報がならんでいます。
「同点ホームラン!」
「山本!」
なんて、気になるフレーズがずらり。
静かな食事会場の中、こっそりと中継をオン。
そこには、前日先発した山本がマウンドに立っていました。
「わーーー!」
と、思わずうなってしまい、会場中の注目を受け、
相方に叱られた村瀬です。
その後、勝ち越しのホームランを、
息子まいける(通称)と確認し、
二人で「わーーー!」と叫び、
再び相方に叱られた父子です。
最終回、会場を後にせねばならなくなります。
運転手である父は、中継を見られません。
「よいか、まいける。
そなたが実況して、
状況を事細かに伝えるのじゃ」
まいけるに依頼すると、
「御意(ぎょい)」
との返事があり、携帯を渡します。
ところがまいける、
「打たれた」「やばい」「ピンチ」「送った」「ファーボール」
などと、時折単語をつぶやくだけ。
自分だけが大いに楽しみ、
実況の「じ」の字も果たしてくれません。
歴史的フィナーレも、
「あ、
勝った」
で、締めくくる始末でした。
仕方なく、帰宅後、
様々なテレビのスポーツ番組やネットの世界をサーフィンし、
その偉業を祝っていた父村瀬でした。
2つ目は、「サッカー」です。
とはいっても、代表選やプロではなく、
部活動の試合です。
2日にサッカー部最後の交流試合が行われました。
本校オフィシャルぶろぐ「今日のオレンジキッズ」にも記しましたが、
これにて、サッカー部の活動に幕が下りることとなりました。
かつて、東小サッカー部の顧問をやらせていただいただけでなく、
一人のサッカー少年として部活動に汗をかいていた村瀬ですので、
寂(さみ)しさも一入(ひとしお)でした。
子どもたちのプレーを見ながら、
いろんな思い出がよみがえってきました。
4年生の入部した当初、ボールには触らせてもらえず、
とにかく校庭の周りを走らされたこと。
(昭和的指導ですね。)
初めて買ってもらった、
青いサッカーボール。
(へたっぴだったので、ボールだけ目立っていました。)
デザインが気に入り過ぎて、
1cm以上大きいサイズなのに買ってしまったスパイク。
(当然、ボールと一緒によく飛んでいきました。)
大した活躍はできなかったけど、
大会で任された「左ウイング」というポジション。
(左利(き)きでなかったら、おそらく出場できていないでしょう。)
優勝を収め、
祝勝会としてみんなで食べたラーメンの味。
(許されていた時代でした。)
顧問としての思い出も、もちろんたくさんです。
むしろ、そちらの方が多いのかもしれません。
特に、東小学校にて「郡市球技大会」で優勝させてもらったことは、
輝かしい思い出です。
でも、一番の嬉しかった記憶は、
大会で結果を残せたことより、大会中に起きた出来事です。
K小学校で顧問をしていたときの話です。
一進一退の攻防が続き、
PK戦に突入したことがありました。
ご存じのようにPK戦は、大変シビアな戦いです。
2人目まで、両チーム、シュートが決まりました。
相手チームの3人目の順番です。
ボールが、枠の外へと飛んでいきました。
こちらが一歩リードです。
そんな状況ですが、ピッチやベンチにいた選手は、
喜びを外に表しませんでした。
応援席から一瞬歓声が起きましたが、
それもすぐに静まりました。
相手チームの4人目が同じようにシュートを外したときは、
応援席からも、一切歓声が起きませんでした。
「失敗は誰だってする。
それに、望んで失敗する人なんて誰もいない。
失敗を責めたり喜んだりするのではなく、
いいプレーをみんなで称(たた)える。
そんなチームを目指そう」
技術的な面に関しては、
素人(しろうと)に毛が生えた程度の指導力しか有しておりませんでしたが、
心の成長につながることに関しては、
妥協せず、しっかりと行っていきたい。
村瀬のくせに生意気ですが、
そんなことを考えながら顧問をしておりました。
上の言葉は、そんな村瀬がよく伝えていた言葉です。
「喜んじゃだめだよ。
シュートを外したのは、
相手の失敗なんだから」
保護者から歓声が上がったとき、
一人の部員がそのように大きな声で止めたのだと、
応援席にいた当時のM校長先生から試合後に伝えられました。
「大人が学ばせてもらいました」
との言葉もいただきました。
その子は、3年間懸命に努力をしましたが、
ベンチ入りを果たせなかった少年でした。
ああ、ちゃんと伝わっていたんだなあと、
その話を聞き、
試合結果以上に感動し、
今でも一番の思い出として大事にしている村瀬です。
さて、
部活動を引き受けている顧問のほとんどは、
技術より心を育もうと考えているに違いないでしょう。
きっと現在の東小サッカー部、バスケットボール部でも、
変わらないと思います。
両部活動とも、今月で一区切りとなりますが、
子どもたちにはぜひ、
その「心」を忘れずに、
次のステップへと向かってほしいなと願います。
ついつい熱くなり、長くなってしまいました。
ごめんなさい。
それでは、また。