ふつう。
こんにちは、村瀬です。
本日も梅雨空が広がっております。
梅雨ってこんなに長かったっけ?
そんな疑問がふと浮かび、
気象庁のホームページを覗いてみました。
すると、東海地方では、平年、
6月6日頃に梅雨入りし、
7月19頃に梅雨明けする、
というデータを見つけました。
昨年は、
5月17日頃に梅雨入りし、
6月27日頃に梅雨明けした、
というデータも見つけました。
つまり、昨年が異常に早かった、
ということでしょう。
ところで、前回もぶつぶつしましたが、
WGBT(暑さ指数)が、
外での活動原則禁止となる「31」の数値を、
今年度は未だに一度も越えていません。
7月に至るまで越えることがないなんて、
ここ数年なかったのではないでしょうか。
「村瀬、今年は異常に涼しいね」
先日社会の授業で5年生がこんな発言をしました。
子どもたちの中でも、
7月は暑さ指数が31を越えるような、
酷(ひど)い暑さになることが「通常」、
言い換えれば、「ふつう」になっているんだなと思います。
さて、そんな社会科の授業ですが、
現在グループ発表という課題を与え、活動させております。
発表に使う資料については、どんな形式でもよいと伝えましたら、
全クラス、全グループ、
画用紙や模造紙ではなく、
「タブレット」をつかってまとめる、という選択をしたのでした。
子1「村瀬、ぱわーぽいんとで共有してるんだけどさ、
なんかうまくつながらないんだよ。
どうしたらいい?」
村瀬「どうしたらいいって・・・。
うーんそうだな、
きっと、タブレットの機嫌が悪いからじゃないかな。
だから、そっと、
撫(な)でてあげればいいんじゃないかな」
子1「村瀬、真面目に答えて」
村瀬「ゴメンナサイ・・・。
ワタシ、ヨクワカラナイ・・・」
子2「ぼく、分かるよ。
ここを押して、サインインして、
ここをこうすればいいんだよ」
子1「ありがとう!」
村瀬「ありがとう!」
なんてやり取りが、教室でよく繰り広げられています。
子どもたちの吸収力はんぱねー、と、日々感じさせられています。
村瀬が小学生のとき、当然ながら、タブレットなんてありませんし、
「コンピュータ」さえ、珍しいものでした。
村瀬が初めてコンピュータに触れたのは、
中学校の「技術」の時間だったと記憶します。
当時、学校に「コンピュータ室」という部屋が作られはじめ、
その部屋に行くのは実に「特別」なことだったと思います。
何ができるというわけでなく、
コンピュータに触れるだけでみんな興奮していた思い出があります。
技術担当「いいか、これが『フロッピー』だ」
村瀬たち「フロッピーだってよ、かっけーー!」
技術担当「このフロッピーにデータを保存するんだ」
村瀬たち「フロッピー、すげーー!」
そんなやり取りを、懐かしく思い返す初老村瀬です。
現在では当然、
学校では(きっと他の機関も)「フロッピー」なんて使用しませんし、
東小学校だけでなく、
「コンピュータ室」が存在しない学校も多いことでしょう。
「一人一台端末」の施策が取られてから、6年ほどが経過しました。
タブレットでまとめる、ということが、
令和の子どもたちにとって、「ふつう」のことなんだなあ、
と、5年生をみながらしみじみと感じ入る昭和の村瀬です。
「異常」だったことや「特別」だったことが、
時を経て「通常」になり、「ふつう」になるのは世の常です。
学校現場においても、
親世代や祖父母世代の学校では想像できなかった「ふつう」が、
タブレットをはじめ、数多く誕生しています。
しかしその新しい「ふつう」でさえ、
やがては更新され、「特別」になったり消えたりしていくのでしょう。
教育現場では「不易(ふえき)流行」という言葉が大切にされています。
それは、
「時代が変わっても変えてはいけない『本質』(不易)
を大切にしながら、
時代に応じて形や方法を柔軟に変えること(流行)
を両立させる」
という意味をもった言葉と理解しています。
タブレットの使用が当たり前になったことは、
「流行」の部分に当たるでしょう。
では、教育現場で変えてはいけない「不易」の部分は何か?
きっとたくさんあるでしょうが、
その一つは、
「子どもたちの成長を願い、愛情を注(そそ)ぐこと」
が、挙げられるのではないでしょうか。
これは、家庭においても「不易」にしてほしい部分だと願います。
タブレットの使用方法はよく分からないけど、
愛情を注ぐことだけは誰にも負けないぞ!
そんなことを考えながら、
タブレットをスイスイ使って作業する子どもたちを見守っていた、
村瀬なのです。
それでは、また。