先生たちがブツブツブツ…(令和4年度)

ぼくの冬休み。

2023年1月7日 20時30分

こんにちは、村瀬です。

 

というわけで、前回の予告通り、

今回は村瀬の冬休みについてぶつぶつしたいと思います。

間違いなく長くなりますし、

相野山小学校とは9割8分関係ない話が並びますので、

よほどの暇がない限り、

ここで引き返すよう、ご忠告差し上げます。

 

さて、

村瀬の年末は、

世間より一足早く、26日で仕事を納め、

翌日から休みをいただく、

というスケジュールでした。

 

26日。

学校に来られていた先生方に、

「皆様、本年もお世話になりました。

 どうぞよいお年をお過ごしくださいませ」

と、言葉を残し、スキップで職場を後にしました。

特段、何の予定があるわけでもなかったのですが、

それでもウキウキしてしまう少年の心をもった村瀬です。

特に翌日は、家族それぞれに予定があり、

完全に自由時間ということで、

ニヤニヤが止まりませんでした。

「そうだ京都、行こう」

なんてどこかのキャッチコピーを口にしながら、

意気揚々と帰宅しました。

 

27日。

家族が寝静まる早朝から、

村瀬は旅立ちました。

昔から一人旅が大好きで、

気が付けば日帰りで出雲大社まで行ったレベルの人間です。

寺社仏閣巡りの愛好家でもありますので、

昨日の思いつき通り、

京都を目的地にすることを決意します。

道路も空いていて、

すいすい快調に車を走らせます。

しかし、初っ端(しょっぱな)からやらかします。

どれだけぼーっとしていたのでしょう、

名神高速道路(関西方面)ではなく、

東名高速道路(関東方面)に乗ってしまったのです。

みるみる目的地が遠ざかっていきます。

動揺した村瀬ですが、ここで気持ちを切り替えます。

「そうだ静岡、行こう」

そう決め直して、旅を続行します。

 

天候も良く、のりのりで歌謡曲を口ずさみながら、

車を東へと進めます。

豊川を過ぎたあたりで、

携帯が震えました。

運転中ですので、出られません。

しばらくすると止まるのですが、

すぐにまた震えはじめます。

何度も繰り返し、震えます。

嫌な予感がします。

無視することもできませんので、

最寄りのパーキングエリアに車を止め、確認します。

相手は、相方からでした。

メッセージが残されていました。

そこには、

相方と息子まいける(通称)が発熱した、

との言葉が。

そして、

検査してくる、

との言葉も。

 

こうして、村瀬の一人旅は、

静岡の手前、

「新城パーキングエリア」

で、幕を閉じたのでした。

そして、慌てて引き返します。

歌など唄っている余裕もありません。

いよいよ我が家にも、あの波が押し寄せるのか。

いやいやまだ決まった訳じゃない。

ただの風邪かもしれないじゃないか。

希望と絶望を行ったり来たりさせながら、

どうにか家路に着きました。

着くと同時に、連絡を受けました。

結果は、

二人とも「妖精」(なんだか素敵なのでこう記します。)

こうして、村瀬の一週間に渡るドタバタ劇が幕を開けたのです。

 

妖精たちはとりあえず、寝室に閉じ込めます。

ここから一週間、

父と娘まーがれっと(通称)二人で生活を回していかねばなりません。

完全なる「母っ子」まーがれっとは、さっそく憔悴(しょうすい)しています。

しかし、これはもう、仕方のないことです。

こうなった以上は、前向きに考えるしかありません。

失って久(ひさ)しい「父権」(ふけん)を取り戻すチャンスと捉え、

一週間「主夫」として生きることを心に誓います。

 

とは言うものの、

主夫業の道中には、大きな壁がそびえ立っています。

掃除は普段からさせられて、

いや、率先してやっているので大丈夫です。

洗濯も普段からやらされて、

いや、喜んでやっているのでどうにかなります。

問題は、料理です。

村瀬は幼いころに、

「できるだけ厨房(ちゅうぼう)に入ってはいけない病」

を患(わずら)ってしまっていたのです。

それに加えて、

「包丁とか危ない器具は不器用だからできるだけ使ってはいけない病」

にも感染してしまっています。

ですので、

村瀬の手がけられる料理は、

お湯を注いだり、

お湯にパックされたものを投入たり、

チンって鳴らしたりして完成させる程度のものに限られています。

一週間をそれで乗り切ろうものなら、

父権を取り戻すどころか、

原型をとどめることなく粉々にされることでしょう。

増して、早く良くなってもらわないといけません。

そのためには、「栄養」が不可欠です。

村瀬は震えながらも、厨房に立つ決心をしたのでした。

 

とりあえず、目前にせまった夕飯の献立を考えます。

こんな村瀬でも完成させられて、

ちゃんと栄養が取れる料理ってなんだろう。

頭をぐるぐるさせているとき、

ふと、隣の席に座るY先生の言葉を思い出しました。

「鍋(なべ)、簡単、最強」

たまにはY先生の言葉を信じよう。

メニューは決定しました。

 

次は、食材の調達です。

冷蔵庫にはめぼしい野菜が見当たりません。

そこで、教頭先生が教えてくれた、

ネットスーパーを利用することにしました。

これがまあ、便利なことったら。

すげーすげー、と楽しくなって、

ポチポチポチポチ注文をしまくりました。

おかげで、数時間後、

冷蔵庫に入りきらない食材が届き、

途方に暮れる羽目になりました。

 

夕方になり、いよいよ初「鍋」作りです。

白菜・ネギ・にんじん・もやし・エノキ・かまぼこ・豚バラ肉をスタンバイです。

食材を並べたはいいものの、

どうやって切ればいいのか、

どれくらいの量を入れるのか、

さっぱり分かりません。

とりあえず、野菜は半分ずつくらいでいいか。

もやしとエノキは一袋いれちゃうか。

かまぼこも豚肉も全部いってまえ。

というノリで、なんとなく切っていきます。

結果、

モリモリの具材が用意できました。

ん? これ、鍋に入るかな?

まあ、入れてみよう。

というノリで、どんどこ入れていきます。

すると、

どこかのラーメン屋さんのように、

野菜がマシマシに積まれました。

これ、上の方、生野菜じゃん。

白菜、半分以上、浸かってないじゃん。

シャキシャキすぎるじゃん。

ウサギが喜ぶやつじゃん。

やべえじゃん。

あたふたする父親と謎の鍋を見たまーがれっとは、

「父上、やはり、愚かなのですね」

と、冷ややかに言葉をこぼしながら、

はみ出した野菜たちを取り除いてくれたのでした。

 

こうして村瀬のクッキングは、

ほろ苦い始まりとなったわけですが、

それでもめげずに翌日からも厨房に立ち続けました。

一週間で作った献立を一部ご紹介すると、

鍋を一日おきに3回。

余ったえのきと余った豚肉で作った炒め物。

油揚げしか入っていないうどん。

キャベツまみれの焼きそば。

コショウが効きすぎたコーンバター。

こげこげのハムエッグ。

ぐちゃぐちゃのだし巻き卵。

とんでもなくぬるい年越しそば。

黒豆のみのおせち(パックから開封しただけ)。

猛烈にトロトロのもちが入ったお雑煮(ぞうに)。

 

便利な世の中です。

検索すれば作り方を紹介してくれます。

動画でも確認できるものがたくさんあります。

まあ、見るのとやるのでは、ひどく違いましたが。

それでも、失敗を重ねながら、いろんなことを学べました。

例えば、

鍋に入れる白菜は4分の1で十分(村瀬家の場合)。

バターで炒めりゃなんでもうまい(偏見)。

けれども、バターを使いすぎると、胸焼けする(老化)。

白だし最強(個人的見解)。

「体験」するということが深い学びにつながるということを、

実感することができたのでした。

それと、料理に携わっている全ての方々に、

改めて尊敬と感謝の念を抱きました。

日頃から厨房に立っている、

お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、お子さんたち、

あなたは、偉い!

 

料理以外にも、

妖精たちとの共存はやはり大変でした。

すでに同じ境遇を経験済みだった友人・知人にアドバイスを仰ぎ、

二重でマスクをしたり、

こまめに消毒したり、

入浴や洗面時間を分けたりと、

不自由な暮らしが続きましたが、

救援物資や慰めの言葉を届けでくれた友人・知人の支えのおかげで、

どうにか、乗り越えることができました。

母っ子まーがれっとも、よく耐え抜いたと思います。

村瀬家にとっては、しんどい年末年始になりましたが、

これもまた、いい体験だったと言える日がくると信じております。

 

予告通り、

年始早々スーパー長く、

かつ、学校とは全く関係ない話をぶつぶつしてしまい、

申し訳ありません。

切ない冬休みを過ごしたことに免じて、大目に見ていただければ幸いです。

ということで、みなさん、

今年も健康には十分留意して、

酸(す)いも甘いも色々な体験をしながら、

歩みを進めていけたらいいですね。

 

それでは、また。