おもてなし。
2022年12月9日 13時38分こんにちは、村瀬です。
ちゃんと冬らしい寒さが訪れたこの頃ですが、
今日は陽射しが暖かくて、外に出るとほっとします。
校舎内、特に廊下にいると、
首をすくめ、背中を丸めてしまいます。
そのせいでしょうか、
首をひねると、痛みが走るようになりました。
最後の最後まで、厄年を満喫している村瀬です。
さて、本校では二日前から個人懇談会が行われております。
お忙しい中、足を運んでいただき、
誠にありがとうございます。
担任からはどんな話を受けたでしょうか?
中には耳を塞(ふさ)ぎたくなるような話もあったかもしれませんが、
きっと前向きな内容もあったことと思います。
ご家庭ではまず、その部分にスポットを当て、
天使のような笑顔で、
よしよし、なでなでしていただきたく願います。
(その後、鬼になるかどうかは、ご家庭の判断に任せます。)
余談ですが、
我が子まいける&まーがれっと(通称)が通う学校も、
同じ日程で懇談会が行われています。
先日、「初授業参観」を経験したので、
今度は、「初個人懇談会」だと意気込んでおりましたが、
二人の頑(かたく)なな拒絶に合いました。
まいけるが、
「わけのわからない人がきたら、
担任の先生がかわいそうでしょうが」
ということを理由に挙げていましたが、
一体どういうことなのでしょうか?
納得できませんが、あえなく断念する運びとなりました。
先程も記しましたが、
本校、とにかく廊下が寒いです。
待っている間に保護者のみなさんが凍り付くといけませんので、
北館には暖房がついた控室を、
本館には灯油ストーブを各所に用意しました。
ささやかですが、「おもてなし」の気持ちです。
ところで昨日の朝、
3年生前に設置したストーブに灯油を補給していたところ、
派手にぶちまけました。
登校してきた3年生の子どもたちから、
「村瀬、臭いよ」
「ほんとだ、村瀬、臭い」
「うん、臭いね、村瀬」
と、口々に言われました。
どういう意味合いで言っているのか判断しかねましたが、
ぐっとこらえて、こぼれた灯油と涙を新聞紙や雑巾で拭き取ったのでした。
「おもてなし」と言えば、
昨日、N中学校に出張へ行かせていただいたのですが、
玄関に、
「村瀬先生、ようこそお越しくださいました」的な、
歓迎の意を表する紙が掲示されておりました。
「先生」なんて呼ばれることがほとんどないので、
その時点で感涙しかけたのですが、
それに加えて、S校長にK教頭、K教務主任にH校務主任が、
わざわざ玄関先までお越しになり、出向かてくださいました。
さらに帰りには、靴ベラを渡そうとしてくださったのです。
畏(おそ)れ多過ぎて固辞した次第ですが、
村瀬ごときにここまでしてくださるのかと、
その「おもてなし」精神に、心を打たれ、
帰り道の車中で号泣したのでした。
そんなおもてなしのプロフェッショナルであるS校長が、
かつて本校にお越しいただいた際、
村瀬や隣に座るY先生は、
「おもてなし」という名のもと、
(にやにやしながら)給食で余ったパンをお土産に渡す、
という、愚行を働いたことを思い出しました。
S校長に限ったことではありません。
来客に対して、
冷蔵庫にあった誰かのゼリーを勝手に提供したこともあります。
花壇で収穫してからしばらくたち、鮮度が激減しているキュウリを提供したこともあります。
一度溶けて再結晶した、ぐにゃぐにゃのアイスを提供したこともあります。
「おもてなし」のつもりでしたが、
あれは「いやがらせ」だったのだと、
N中学校の「本物」に触れたことで気づかされ、
己(おのれ)の愚かさに、再び落涙(らくるい)した村瀬なのです。
相野山小学校にも、「おもてなし」レベルが高い方々がおられます。
特にそう感じるのは、
校長先生と教頭先生、事務職員のRさん、校務補助員のYさんです。
教頭先生なんて昨日は、
本校に出張に来られた先生方を、
駐車場で待ち受けておられました。
なぜか、「半そで」で。
きっと、
「相野山小学校は、半そでで過ごせるくらい、
あたたかい雰囲気なのですよ」
という意味合いを込めてなのだと思います。
(少しして、「やっぱり寒いよ」と戻ってこられ、
「そりゃそうだろ」と皆からツッコまれておりましたが。)
かつて「おもてなし」という言葉が一世を風靡(ふうび)しましたが、
間違いなく、世界に誇る日本の大切な文化です。
「おもてなし」は「おもいやり」にも通ずるものだとも思います。
N中学校の先生方や「おもてなし」レベルの高い方々から学び、
その精神をほんの少しでも身につけたいなと願う、村瀬なのです。
とりあえず、笑顔とあいさつから頑張ります。
それでは、また。