こんにちは、村瀬です。
今週に入り、ガクンと気温が低下しましたね。
それと同時に、世間と同じように、
東小学校でも、インフルエンザの広がりを見せ始めております。
近隣には、学級閉鎖の措置をとっている学校もあります。
蔓延を防ぐために、
手洗い、うがい、換気をいつも以上に奨励しております。
できる限り窓も開けておりますので、
廊下の寒いことったら。
外以上に冷たさを感じる気もします。
しかし、そんな廊下で、
あたたかさを感じることもできます。
それは、現在、
図化工作で描かれた絵が、
多くの学年で掲示されているためです。
おかげで、
鳥肌を立て、ガクガクブルブル震えながら、
一方で、心はポッとあたためられるという、
身体の内外で矛盾が生じる現象がおきています。
話は変わりますが、先日5年ガールに、
「村瀬、一つだけ何かよくできるとしたら、何にする?」
と、問われました。
村「何かをよくできるとは、どういうことだね?」
ガ「だから、苦手なことをなくすとか」
村「なるほど。
苦手なことをなくせるとしたら、か・・・。
うむ・・・。
一週間待ってはくれぬか?」
ガ「なんで?」
村「あまりにも、多すぎるゆえ・・・」
ガ「やっぱり」
なんて、やりとりの後、ガールはあきれて去っていきました。
「うーん、何にしようかな」
その後、村瀬は考え続けます。
職員室で腕を組み、うーんうーんと熟考(じゅっこう)していると、
「村瀬、大丈夫? 何か困ってる?」
と、校長先生から声を掛けられましたが、
あまりにもくだらないことで真剣になっていることを悟られぬよう、
「令和8年度の予定について、少し」
と、ごまかしました。
さらに考え続けて、時計を進めます。
うーんうーんと熟考中、職員室の予定表が目に入ります。
そして、今日の出張欄に、自分の名前が記されていることに気付きます。
「はっ!」
あわてて更衣室に駆け込み、ちゃんとした格好に着替えます。
よれよれジャージを脱ぎ捨て、
ズボンをはき、白いシャツに袖を通します。
そこにK先生が「お疲れ様です」と入ってきて、
着替え始めました。
少し言葉を交わした後、「お先です」とK先生が出ていきます。
シャツのボタンを掛け終え、次はネクタイです。
そこにI先生が「お疲れ様です」と入ってきて、
着替え始めました。
少し言葉を交わした後、「お先です」とI先生がでていきます。
村瀬は、まだネクタイを締め終えていません。
「はっ!」
村瀬はそこで気付きました。
もしも1つ苦手なことを改善できるなら、
「不器用さ」
にしようと。
2人が着替え終わっても、村瀬はまだ完了していない、
なんてことは、日常的な話です。
自他とも認める不器用な村瀬は、
ボタンを掛けるのが苦手です。
社会人になって20年以上が経過していますが、
ネクタイがちょうどよい長さに一発でおさまることは希(まれ)です。
大概(たいがい)は、前後どちらかが長くなってしまい、
二度、三度と締め直すことになります。
一発できれいに結べたときは、ラッキーデーに認定しています。
もちろん、他にも不器用さに翻弄(ほんろう)されることがたくさんあります。
その筆頭は「字」でしょう。
バランスよく書く、ということが相変わらずうまくいきません。
それにつながってくることだと思いますが、
まっすぐ線を描くということも苦手です。
定規を当てても、うまくいかないことがあります。
当然ながら、
まっすぐ切る、とか、円を描く、とか、
そういったことも、しっかり苦手です。
村瀬だってね、その改善のために多少は努力してきたんですよ。
でも、なかなか結果がともなわないのです。
そのこともまた、不器用な証拠ですね。
そういったことから、少年村瀬が特に苦手だった教科は、
「書写」「図画工作」「技術」「家庭科」あたりです。
理由が大変、分かりやすいですね。
図画工作の時間に、
自分がイメージしたものと、
完成した作品が一致することは皆無でした。
「はみ出さずに塗(ぬ)りなさい」
「線に沿って切りなさい」
と言われ、そう意識を保って臨んでいるのに、
しっかりとはみ出したり、
線の内外ジグザグに切ったりしてしまう村瀬。
先生を何度も唖然(あぜん)とさせてきましたが、
自分でも何度も呆然(ぼうぜん)としたものでした。
図画工作の時間が憂鬱(ゆううつ)でしかたなかった少年村瀬ですが、
その意識に変化が表れたのは、中学校に入学し、
「美術」に名称が変わった頃でした。
中学生村瀬は生意気にも思春期に差し掛かり、
一丁前に羞恥心(しゅうちしん)を増大させており、
ひどい仕上がりの作品を周りに見られることが、
心の底からいやでした。
友達に馬鹿(ばか)にされることを恐(おそ)れていたのだと思います。
とある絵画の授業でのことです。
予想通り、自分のイメージとかけ離れた作品が完成してしまいました。
作品提出の際、
村瀬は担当のI先生に、
「先生、またへたくそになったわ」
と、投げやりな言葉をこぼしました。
それに対して、I先生はこんな言葉を返してくれました。
「『雑な作品』や『気持ちがこもってない作品』はあると思う。
自分に『合う作品』、『合わない作品』もあると思う。
でも、先生は世の中に、『へたくそな作品』なんてないと思う。
自分はへたくそだなんて思わずに、
他の人とも比べないで、
村瀬は村瀬にしかつくれない、
村瀬の「味」がある作品をつくればいいんだよ」
「村瀬味なんて、気持ちわるー」
と、茶化(ちゃか)してI先生から離れた村瀬ですが、
内心はとても響き、ほっとした気持ちになったことを、
30年以上経った現在も明確に覚えています。
I先生の言葉のおかげで、
技能が上がったわけではありませんが、
作品制作に対する向き合い方は確実に変化したのでした。
中学生村瀬は最後まで伝えられませんでしたが、
I先生には今でも心から感謝しています。
そんなことを、
廊下にずらりと並ぶ子どもたちの作品を、
震えて見ながら思い出していました。
ひょっとしたら寒さからではなく、
それぞれの「味」への感動からくる震えなのかもしれません。
間もなく保護者会です。
ご来校の折には、
誰と比べるのではなく、
ご自身のお子様の「味」を噛みしめていただけましたら幸いです。
あ、あたたかい格好で、ぜひ。
それでは、また。