東の方でぶつぶつぶつ・・・

まあ、お茶でも。

2025年2月18日 16時54分

こんにちは、村瀬です。

今週は再び強烈な寒波が訪れているとのことで、

気温が低い一日となっております。

それでも、陽射しがあったおかげで、どうにか穏やかに過ごせました。

 

気がつけば、2月も半ばを過ぎ、

卒業式や修了式がもうすぐのところまできております。

「気がつけば」

が大げさな表現ではなく、

私は一体、何をして過ごしていたのだろう、

と感じることが毎日のようにある、村瀬です。

先日、給湯室に置いてあるはずのマイコップが、

更衣室のロッカーの中に置いてありました。

私は一体、何をして過ごしていたのでしょう。

これが悪質な嫌がらせでないことを願いつつ、今日を迎えております。

また違う日、

机に「ここを直す」という付箋が貼ってありました。

私は一体、どこを直そうとしていたのでしょう。

結局分からないまま、今日を迎えております。

 

先週の金曜日のことです。

村瀬はいつも通り、ばたばたしておりました。

早歩きで廊下を行ったり来たりしていると、

何度も同じ子どもたちとすれ違い、

「村瀬、さっきも通ったよね」

「あ、これはこれは、またお会いしましたね」

「村瀬、何してるの? 忙(いそ)がしそうにして」

「お、これはこれは、その言い方ですと、

 まるで忙しいふりをしているかのように捉(とら)えられていますね。

 実際、忙しいのですよ」

「それは村瀬のせいなんでしょ?」

「は、これはこれは、見事に見抜かれておりますね。

 そうです、村瀬のキャパシティーが乏(とぼ)しいために、

 このような事態(じたい)になっておるのです。

 ええ、ええ、全く、その通りでございます」

「それで、キャパシティーって何?」

「キャパシティーというのはですね・・・」

なんて交流が生まれました。

そんな中で、

右往左往している村瀬が通り掛かったとき、

一人の高学年(たぶん)ボーイが、

「まあまあ、そんなに慌(あわ)てなさんな」

と言葉をこぼしました。

その言葉が耳に入ったとき、

まるで警策(きょうさく)で肩を打ち付けられたかのように(座禅を組んでいる修行僧がばしっとやられる光景を思い浮かべてください)、

村瀬は「はっ」と目が覚めた気分になったのでした。

 

今から10年以上前、

村瀬が担任として東小学校に勤めていた頃の話です。

学級経営やら部活動やら運動会やらなんやかんや、

様々な活動に翻弄(ほんろう)され、今と同じようにばたばた活動しておりました。

これまた今と同じように処理能力や指導力が乏しく、

うまくいかないことばかり。

それに焦(あせ)り、余計に悪循環(あくじゅんかん)を招き、

ばたばたの日々に拍車をかけているような状況でした。

 

そんなとき、現在日進市で教育長を務めておられる、

当時の東小の校長、I様から呼び出されたのでした。

ああ、こりゃ、ど叱(しか)られるかなあ。

あのことか。いや、このことか。

思い当たる節(ふし)が多すぎて、

ちびりそうになりながら、校長室へ向かう村瀬。

「失礼しまーす」

ノックして入ると、

I校長はにやにやしてソファーに座っております。

村瀬が座ると、I校長は村瀬に一言こう告げました。

「きっさこ」

村瀬は謎の言葉に戸惑います。

村「きっさこ?」

I「そう、きっさこ」

どうやら発音は合っているらしい。

村瀬は頭の中で謎解きに挑戦します。

「きっさこ」って何だ?

「きっさ」と言えば、「喫茶」のことか?

「『喫茶』こ」?

「こ」はなんだ? 何かを略(りゃく)しているのか?

は! そうか!

「こ」は「行こ」を省略しているのだ!

つまり、「きっさこ」とは、

「喫茶店に行こう」ということだ!

村「校長先生、お誘いいただき、ありがとうございます。

 しかしながら、まだ勤務時間中でございます。

 あと1時間程で退勤可能時間となりますので、

 もう少々お待ちください。

 その後、ぜひ、喫茶店に行きましょう!」

村瀬の回答に対してI先生は、

I「おたんちん、そういうことじゃない」

と返し、簡単に説明してくれました。

「きっさこ」とは『喫茶去』と書く、

『禅語(ぜんご)』の言葉だということです。

意味としては、

現在では「お茶でも飲んでいきなさい」

という意味合いで使われる場合が多いそうです。

意外と村瀬の予想は的外れではなく、驚きました。

(かつては「お茶を飲んで目を覚ませ」という、

 相手の怠惰を叱責する言葉だったみたいです。)

「禅」の世界では、この言葉からより深い意味を見出すようですが、

I校長は簡単に説明してくれた後、

村瀬にこう伝えてくれました。

I「まあ、一息つけ。

 慌(あわ)てると、うまくいくこともいかなくなる。

 そんなに焦らなくても、なんとかなるから」

村瀬の日常を見てくださっていたのでしょう。

たった漢字三文字の一言で、

力(りき)みに力んでいた村瀬の心身を、

見事に緩(ゆる)めてくださったのでした。

 

それ以来、目まぐるしい日常に翻弄されそうになる度、

I教育長から教わった「喫茶去」という言葉を思い出し、

立ち止まるように心掛けています。

しかし、今回は、

その言葉を思い起こすことさえ忘れて駆け回っていました。

それを、高学年ボーイが思い出させてくれたのです。

「確かにきみの言う通りだ。

焦っていたら、ろくなことはないね。

 また、思い出すことができたよ。

 きっときみは、やがて教育長になることだろう!

 ありがとう、未来の教育長!」

そう叫んで振り返ると、少年はおりませんでした。

ひょっとしたら、I教育長の幻(まぼろし)を見たのかもしれません。

 

さて、ばたばたした日々を過ごしているのは、

なにも村瀬だけではないのかと存じます。

なんだか世の中自体が、

大変忙(せわ)しなく、慌(あわ)ただしい流れに感じます。

その流れの中に、きっと子どもたちもいることでしょう。

「忙しい」「慌ただしい」という漢字の組み立てはそれぞれ、

「心を亡くす」「心が荒れる」からきているといわれます。

そんな状態では、確かにうまくいくこともいかないでしょう。

お茶でも飲んで一息つく。

まあ、なんとかなるでしょ。

そんな風に考えながら、

誰もがもう少しゆとりを大切にできたら、

学校は、いや、世界はもっと、

過ごしやすい環境になる気がしてなりません。

 

なんて、一息つくためにぶつぶつしていたら、

今年度最長になってしまいました。

ごめんなさい。

でもまあ、ここまで付き合ってくださったあなた様も、

村瀬と一緒に、気が抜けましたね。

よかった、よかった。

しかし気がつけば、書類の山ができあがっております。

ちょっと気を、抜きすぎたかも。

 

それでは、また。

手を合わせて。

2025年2月13日 18時48分

こんばんは、村瀬です。

時間を追うごとに寒さが身に沁(し)みてきます。

先程まで、外で活動していたので、

手足の末端(まったん)が凍(こお)っているようです。

その場所にお湯を当てて、

ジンジンしびれる感覚を得ることが、

村瀬の冬の楽しみと立っております。

 

「村瀬、いつもとちがうね」

「村瀬、なんでそんなちゃんとしたかっこうしてるの?」

「村瀬、かっこつけてるの?」

今日は通りがかる子どもたちや授業中に、そんな声がたくさん飛んできました。

いつもヨレヨレのジャージで動き回っている村瀬が、

珍しく朝からスーツを着ていたからでしょう。

「何を言っているんだきみたち、

 先生はジャージの下にいつもこの服装をしのばせているのだよ」

「うそつけー」

「どうだい、『大人村瀬』は? まぶしいだろ?」

「まったくー」

「にあってなーい」

「じじくさーい」

罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられ、べこべこにへこんだ村瀬です。

 

なぜそんな服装をしていたかというと、

オフィシャルぶろぐ「本日のオレンジキッズ」にも記しましたが、

本日は「入学説明会」があったからです。

担当が村瀬ということで、

すでに兄弟姉妹が東小に在籍している新入生の保護者の皆さんは、

不安におののいていたことでしょう。

その不安は見事に的中したといってもよいのではないでしょうか。

私は今、何を言っているのだろう、

と、考えながら数々の説明をしている自分に、

今さらながら、絶望感を感じております。

パワーポイントを操作することも忘れ、

脇に用意したレクチャー台は誰も使わず、

私は一体、何を準備していたのだろうと、

今さらながら、穴があったら入りたいと思い、

机の引き出しに足をかけております。

 

しかしそんな村瀬の説明に対して、

誰一人ヤジを飛ばす方はいらっしゃいませんでした。

さらには、

うなずきながら聞いてくださる方までおられました。

「菩薩(ぼさつ)がいる!」

と、村瀬は心で手を合わせておりました。

心優しき聴衆のおかげで、村瀬は泣きながら飛び出すことなく、

どうにか最後までその場にいることができました。

新入生の保護者の皆さん、本当にありがとうございました。

 

会の途中で、

PTA会長のT様の話がありました。

その流暢(りゅうちょう)な話し方に、

その分かりやすく意義深い内容に、

村瀬は圧倒されました。

まるで後光(ごこう)が差しているかのように、

眩(まぶ)しく見えたのでした。

「ここにも菩薩がいる!」

と、村瀬は憧(あこが)れを抱きながら、

再び心で手を合わせておりました。

T様、本日はお忙しい中、ありがとうございました。

 

会終了後には、「お迎え当番」を決めましたが、

様々な分団でお互い譲り合ったり、カバーし合ったりする姿が見られました。

「あそこにも菩薩がいる!」

三度(みたび)心で手を合わせる村瀬。

さらに、それぞれの分団の話し合いを支えるために、

PTAの地区長様たちが、見事な立ち回りを見せていました。

「こんなところにも菩薩が!」

もう心ではなく、しっかりと手を合わせていた村瀬です。

地区長のみなさん、お支えいただき、ありがとうございました。

 

おかげ様で、

底冷え激しい体育館でしたが、

心をたくさんあたためることができました。

新入生の保護者のみなさん、

お子様の健やかな成長のために、

どうかそのあたたかさをこれからも大切にしていただき、

学校生活を支えていただけますと幸いでございます。

 

それでは、また。

感謝の公開。

2025年2月7日 08時00分

こんにちは、村瀬です。

予報通りの強烈な寒気ですね。

冷え込む日が続き、

首が縮み、

背が丸まり、

おそらく身長が5cm程低くなっております。

今日も車や土がうっすら雪化粧をしておりました。

そういえば、二日前の朝にも、

雪がちらつきましたね。

震えながら挨拶をしていると、

3年生の少女が、

「村瀬、老(ふ)けたね」

と告げてきました。

「はっはっは。

 雪が髪についているからってことだね。

 なかなか良い発想だね」

と、村瀬は余裕の笑みを返しました。

「雪、関係ないよ」

「なんですと!

 いや、確かに、

 どちらかというと右側に目立っていた白い毛が、

 ここのところ左側にも一気に増えてきたな、なんて、

 鏡に映る自分を見て深いため息を重ねていたけど、

 いや、これは光の加減に違いない、

 そうだそうだ、気のせいだ気のせいだと、

自分に言い聞かせてはいたが・・・。

少女よ、もう一度よく見て見るのだ。

これは雪のせいであろう!」

「ううん。白髪(しらが)だよ」

「ぶはっ!」

そう言い残して去って行く少女。

崩れ落ちる村瀬。

子どもは時に、実に残酷なほど正直ですね。

見るに見かねたのでしょう、2年生の少女が、

うなだれる村瀬の髪についた雪を、

そっと払ってくれたのでした。

 

そんなことはさておき、

昨日は授業公開でした。

大変多くの方にご参観いただき、ありがとうございました。

私たち教員はもちろん、

子どもたちも嬉しく思っていたことでしょう。

今年度より赴任した校長先生も、

授業公開にお越しいただく人の多さに大変驚き、

喜びも感じておられました。

 

また、いつものことながら、

子どもたちの手本となるようなマナーの良さで、

来校していただいたり参観していただいたりしていただきました。

このことについても深く感謝しております。

再三お伝えしている通り、

現在東小学校はバリバリ人手不足で、

駐車案内等、保護者のみなさんの良識に委(ゆだ)ねる状況が生まれてしまいました。

それでも、事前の案内や、

しどろもどろで鼻声の校内アナウンス(担当村瀬)に従い、

粛々(しゅくしゅく)と行動していただきました。

寒い中外で待機させてしまう状況や、

凍えるような廊下から子どもの様子を参観させてしまう状況を生んでしまい、

大変心苦しく思っておりました。

場合によっては暴動が起きることも覚悟しておりましたが、

どなたもぐっと堪え忍んでくださいました。

ありがとうございました。

 

1年生の成長した姿に大きな拍手を送っていただいた方、

2年生の開発した斬新(ざんしん)なゲームに大笑いしていただいた方、

3年生の合唱やリコーダー演奏や、

6年生の想いや決意発表に目頭をぬぐっていらっしゃった方、

4年生の福祉、5年生の防災の発表に、

子どもたち以上に真剣に話を聞いていただいた方など、

様々な姿が参観されている保護者のみなさんにも見ることができました。

それも嬉しく思います。

また、そんな姿が、子どもたちの励みや今後の意欲につながることと思います。

重ねて御礼申し上げます。

ありがとうございました。

 

今回、やむにやまれず参観できなかった方もいらっしゃるでしょう。

また、参観スタイルが2学年ずつであったために、

一人のお子様をじっくりと見てあげることができなかったご家庭もありました。

大変申し訳なく思いますが、

そんなみなさんに伝えたいことは、

子どもたちはみんな、その子なりのペースで、

確実に前に進んでいます、

ということです。

近くに寄りすぎていると体感できないかもしれませんし、

時に後退しているように見えることもあるかもしれません。

しかし、間違いなく、

前進しているものです。

その歩みは学校だけで達成できるものではありません。

ご家庭の支えがあって成り立つものです。

そのことについても、

深く感謝申し上げます。

いつもありがとうございます。

そして今後も、

学校と家庭が手をつないで、

子どもたちのためにともに歩んでいけたらと願います。

 

ところで、交通誘導している際に、

このぶつぶつを楽しみにされていると、

声を掛けてくださった保護者様が数名おられました。

感激の極みでありました。

そんな声に後押しされて、

バタバタ感にやられてつまづきそうになっていた、

週に一度はぶつぶつ、という圧倒的に低いハードルを、

どうにか今週も越えることができました。

ありがとうございます。

 

と、いうわけで、

オフィシャルぶろぐ「本日のオレンジキッズ」にも記しましたが、

感謝がいっぱいの授業公開となったのでした。

 

なんて、昨日の帰り、素敵な時間だったなあと噛みしめるとともに、

ある気持ちが芽生えました。

我が子まーがれっと(通称)の活躍を見てみたいと。

帰宅後、早速相方に問います。

「まーがれっとの授業公開はいつじゃ?」

相方は答えます。

「終わったよ」

「なぬ?!」

呆然(ぼうぜん)とする父。

部屋の奥でにやりと笑うまーがれっと。

村瀬家の中にも、

強い寒気が流れ込んでいるようです。

お後がよろしいようで。

 

それでは、また。

初めて。

2025年1月29日 15時32分

こんにちは、村瀬です。

先週と打って変わって、震(ふる)える日が続いております。

身体的にはきついものがありますが、

冬の時期に冬らしい気候が訪れると、

どこかほっとする気持ちが生まれるのは、

村瀬だけでしょうか。

 

ところで、

ぶるぶるぶるぶる村瀬が震えている理由は、

寒さのせいだけではありません。

先週末より、

「刀」を扱う授業に取り組んでいるからです。

もちろん、銃刀法(じゅうとうほう)にひっかかるような代物(しろもの)ではありません。

図画工作で扱う、

「彫刻刀」でございます。

しかし、なめてはいけません。

扱い方を間違えれば、

ちゃんとけがをします。

場合によっては、大けがです。

 

学校において、初めて彫刻刀を使用するのは、

4年生です。

そのときに、正しい扱い方を身に付けていれば、

けがを負う心配は低下します。

逆に言えば、

最初の段階でてきとーに教えてしまうと、

けがを負う心配が大幅増となるでしょう。

 

そんな極めて重要な役割を担うことになったのが、

他でもない、そう、村瀬なのです。

自慢ではないですが、

村瀬自身、

彫刻刀を初めて使用する図工の授業で(当時も4年生です)、

クラスで、いえ、学年で、

誰よりも早く、けがを負いました。

それも、開始早々、です。

「彫刻刀を持っていない方の手を、

 決して、彫刻刀の前に置いてはいけないよ」

と、教えられた直後に、

彫刻刀の前に手を置いていたのです。

担任、そして、養護教諭の先生に、

深いため息をつかれたことを、

今でも鮮明に覚えております。

そりゃ、つきますよね。

 

そんなトラウマを抱えた村瀬が、

久しぶりの彫刻刀の指導。

そりゃあ、震えますよね。

だからといって、逃げるわけにはいきません。

そこで、図画工作のエキスパート、

F先生に弟子入りし、

彫刻刀の安全な扱い方や授業方法などを身に付けるべく、

授業をしていただいたのです。

村「師匠、持ち方はこんな感じでしょうか?」

F「ちがう! 指をもっと伸ばす!」

村「こう、ですか?」

F「ちがうちがう! こう!」

村「あ、なるほど、こうですね」

F「全然ちがう! おたんちん!」

超(ちょう)がつくほど不器用な村瀬に、

F先生は呆(あき)れながらも、あきらめず最後まで付き合ってくれ、

授業の展開方法やワークシートまで、

村瀬、というより、4年生が困ることのないよう考えてくださいました。

 

F先生の献身(けんしん)により、

現在、3クラスが初めての彫刻刀体験を終えましたが、

なんと、けが人は、「0」です!

いや、当たり前なんでしょうけど、

村瀬はとても嬉しいです。

初めて彫刻刀を使った子どもたちも、

「おーーーー」という声が上がったり、

「これ、楽しいね」「もっとほりたい」

なんて前向きな声がたくさん聞こえてきました。

二重に喜びを感じております。

 

この図画工作の授業で、

彫刻刀以外に「初めて使った」と声が聞こえてきた道具が、

もう一つありました。

それは、

「ホッチキス」(ステープル)です。

 

村瀬は少し驚きましたが、

けっこうな数の子どもが、自分で初めて留(と)める、

とのことでした。

「村瀬、これ、どうやってやるの?」

「いいかい、ここに紙をはさむのさ。

 そして、この部分を親指でふんがーっと力を入れたら、

 パチッと留まるってわけさ」

「ここを、こうして、こう?

 ふんがーっ!

 あ、できた! すごーい!」

初めての体験に感動する子ども。

それを見て感動した村瀬です。

 

考えてみれば、なんでも「初めて」のときがあるわけです。

そして、そんな「初めて」が、

学校にはたくさん転がっているのです。

もちろん、良い感情が生まれる「初めて」だけではなく、

苦い「初めて」もあるでしょう。

それでも、どれもが、貴重な体験といえるでしょう。

 

たくさんの「初めて」に立ち会える私たち教員は、

素敵な環境に身を置けているのだなあと、改めて感じます。

子どもたちの「初めて」が、良い方向に向かうように、

ほんの少しでも支えになりたいなと思い、

今日もF先生に教えを請(こ)う、村瀬なのです。

 

それでは、また。

ちょっとした宝物。

2025年1月21日 11時47分

こんにちは、村瀬です。

今週は暖気が広がっているそうで、

三月上旬の気候が続くと聞きました。

丸まった背中が、少し伸びている気がします。

 

さて、3学期が始まって2週間ほどが経過しました。

冬休みの充電が少しずつ切れはじめ、

体調が思わしくない子どもも少し増えたかな、という感があります。

村瀬のバッテリーはすでに空(から)となっております。

いや、そもそも、ぶつぶつした通り、

充電できずにスタートを切ってしまったのかもしれません。

ここのところ、腰の状態も芳(かんば)しくなく、

時折、パソコンを棚の上に置き、

立ちながら仕事をすることもあります。

立ちながら仕事をすると効率があがる、ということで、

村瀬スタイルを推奨(すいしょう)したオフィスが紹介されるのを見たことがあります。

流行の最先端をいっているわけですが、

一向に効率はあがらず、疲労感が増強されているのはどうしたわけでしょう。

 

考えてみれば、

今から10年以上前、

かつて村瀬が東小学校で6年生を担任していたとき、

初めて腰をやらかしたのでした。

お風呂に入っていて、湯船から出ようとしたとき、

全身に電撃(でんげき)が駆(か)けめぐりました。

足を上げることが困難となり、また、座ることも困難となり、

湯船に立ち尽くす、という状況に陥(おちい)りました。

さらには、そのとき家に誰もおらず、

1時間以上同じ姿勢で立ち尽くすことになりました。

その後相方が帰宅し、うめき声を聞きつけて風呂場にやってきましたが、

類人猿(るいじんえん)のように軽く背中を曲げ、肩をすぼめて首を落とし、

すっぽんぽんで立ち尽くす男を見て、助ける前に腹を抱えて大爆笑したのでした。

その後、医師から「へるにあ」という診断をちょうだいしました。

同じ学年を組んでいた担任陣全員が「へるにあ」を患(わずら)っていたことから、

当時流行していた映画のタイトルをなぞり、

学年を「へるにあ国」と命名し、

「新しい国王の誕生だ! へるにあ国、ばんざーい!」

と、意味もなく騒いでいたことは懐(なつ)かしい思い出です。

 

しばらくの間、歩くこと、物を運ぶこと、黒板に字を書くこと、などなど、

学校生活の基本動作がどれも困難な状況でした。

それをサポートしてくれたのは、他でもない、

子どもたちです。

職員室に訪れ、必要な物を運び、階段を登るときにはサポートしてくれました。

「福祉実践教室で学んだことが生きた!」

と、喜んでくれる子どももいました。

廊下を移動するときにはキャスター付きのチェアに村瀬を乗せ、押してくれました。

気分は「三国志」に登場する偉人「諸葛亮公明」です(ご存じですか?)

「ゆけゆけー!」と調子をのっていたところ、

危うく階段から落とされそうになりました。

授業中、村瀬の代わりに板書をしてくれた子もいます。

「村瀬の数倍見やすくてきれい」

と、好評を得ました。

 

何もかつてのオレンジキッズだけではありません。

思いやりの精神は、現在の東小に通う子どもたちの中にも、

しっかりと根付いています。

大量の荷物を抱えてうろうろしていると、

「持ちましょうか?」と声を掛けてくれたり、

何も言わず、扉を開けてくれたりと、

さりげなくサポートしてくれる子どもが大勢います。

前にもぶつぶつしましたが、

担任が不在のときに、自分たちで助け合う学級も多く、

補助に入った先生を大いに支えてくれます。

 

先週、のどの調子がすこぶる悪く、声が出づらかったのですが、

授業中、村瀬がしゃべろうとするときに、

「静かにして」と声を掛けてくれるクラスばかりでした。

さらには、村瀬が指示した言葉が、

きっと全体に届いていないと判断したのでしょう、

3年生の少年が、「スピーカー」となって再度みんなに伝えてくれました。

まあ、その指示が、全然違うものだったことは、ご愛嬌(あいきょう)です。

 

学校で働いている私たち教員にとって、

疲労困憊(ひろうこんぱい)の心身に対して、

何よりの薬であり、栄養となるのは、

子どもたちのやさしさや、

子どもたちとの些細(ささい)なやりとりのような気がします。

もらったやさしさや、ほっこりするエピソードを宝物にして、

しんどいことはあるけれど、今日も教壇に立っている。

そんな先生が、村瀬以外にもきっと多くいることでしょう。

 

今日もちょっとした「宝物」と出会うために、

子どもたちと教室で過ごす先生たちと、

腰をたたきながら校舎を徘徊(はいかい)する村瀬なのです。

 

それでは、また。

二十歳の集い。

2025年1月14日 12時25分

こんにちは、村瀬です。

朝晩の冷え込みはさすがに厳しいものがありますが、

日中は穏やかな季候で、

校舎の中にいるより外で「日向(ひなた)ぼっこ」をしていたくなるような、

温かい陽射しが注いでいます。

3学期が始まってから、

今日でちょうど一週間です。

前週に体調を崩していた子どもたちの多くが復活し、

元気な顔を見せてくれました。

そんな久しぶりの登校を果たした子どもに、

来て早々「学力テスト」を行わせるという鬼の村瀬です。

(採点等のスケジュールがあるので、仕方ないのです・・・。)

 

バチが当たったのでしょうか、

村瀬、現在、声が出ません。

無理して発声していますが、

強烈なのどの痛みを伴い、音声もしゃがれまくっております。

先程、市役所の方からお電話をいただきましたが、

村瀬の発言に対して、

「はい?」

と、何度も問い直しされました。

それくらいのレベルでございます。

明日から外国語の授業が始まりますので、

緑茶でうがいをしたり(村瀬が信じている民間療法)、

のど飴をなめまくったりしながら、

ケアに努めている次第です。

 

さて、二日前の日曜日の話です。

夜も明けきらぬ暗闇の中、

村瀬は目を覚ましました。

何やら外が騒(さわ)がしい様子です。

気にはなりますが、

外に出るには寒すぎますし、

何だか幸せな夢を見ていたので、

再びその世界に戻ろうと布団に潜(もぐ)ります。

しかし、騒々(そうぞう)しさが収まる気配がありません。

まったくもう!

と、思い切ってベランダに出て、

様子をうかがいます。

そしてすぐに、その理由を突き止めました。

 

村瀬の隣家は美容室です。

駐車場にちらりと見える振り袖(そで)姿や袴(はかま)姿。

そうです。

成人式(二十歳の集い)のため、着付けを行っているのでした。

(村瀬が住む市では、日曜日に行われたようです。)

 

村瀬はすでに「不惑」(ふわく)をゆうに越えておりますので、

自分自身が成人式に参加したのは、遙(はる)か昔の出来事です。

それでも当日の記憶がいくらかあります。

一番覚えているのは、

久しぶりの友人たちとの再開に浮かれ、

意味もなく飛び跳(は)ねまくり、

誰かの肩にあごをぶつけ、

その拍子に下くちびるを思い切り噛(か)み、

血だらけになった、

ということでしょうか。

その際には、

「お前、まったく変わってないな」

と、多くの友人に呆れられました。

あれから、もう一度成人式を迎える以上の年月を過ごしてきましたが、

今でもきっと同じような過(あやま)ちを繰り返し、

同じような講評(こうひょう)を得るに違いありません。

人の本質は、なかなか変えられるものではありませんね。

 

村瀬は今まで、6年生の担任を5回務め、

子どもたちを卒業生として送り出してきました。

そのうち、3つの学年がすでに成人式を終えています。

最初に送り出した卒業生は、

現在、30歳を越えております。

時の流れの速さに驚き、恐ろしさを感じてしまいます。

彼らもきっと、

「老化」という魔の手がせまっていることに気付き始めていることでしょう。

2、3回目に送り出した卒業生は、

東小学校の子どもたちです。

2回目の卒業生の成人式には招待していただき、

久しぶりの再会を果たすことができました。

当時の担任陣と卒業アルバムを手に参加し、

当時の面影(おもかげ)のある子や、

大きく変貌(へんぼう)を遂(と)げた子などを見つけては、

大騒ぎして楽しませていただきました。

3回目の子どもたちは、

例のういるすの仕業により、大々的に式を行うことがかなわなかったようで、

実に残念でした。

 

小学校を卒業してからおよそ6年で成人(18歳)を、

8年で20歳を迎えます。

随分(ずいぶん)先のようにも感じるでしょうが、

本当にあっという間です。

あれほど頼りなかった子が、

実に堂々とした青年になっている。

そんな姿を見ると、やはり嬉しくなります。

それと同時に、

今一緒に過ごしている子どもたちのことを考え、

「あせらなくてもいいよ」

という言葉を、

子どもにも、保護者の方にも、

同僚にも、自分自身にも掛けたくなります。

身体の成長だけでなく、

心の成長も、

人それぞれです。

花が開くタイミングもそれぞれちがうものです。

そのことを忘れ、

ついつい、周りと比べてしまったり、

早く成長してほしいと、追い立ててしまったりしがちですね。

長い道のりです。

小学校の段階では、まだスタートを切ったばかりの位置にいます。

出遅れたところで、

いくらでも取り返しのつく場所にいるわけです。

のんびりと歩き、いろいろな風景を見て、

たくさん心を動かしていた方が、

その先を進んでいく上で、

プラスに働くこともきっとあるのだと感じます。

あせらなくてもいい。

それに、ただそこにいてくれる。

それだけで十分、

誰かを励(はげ)まし、支える存在になっている、

ということも併せて伝えたいと思います。

 

そんなことを、

駐車場で笑う振り袖あんど袴姿の青年たちと、

かつての卒業生の姿を重ね、

白い息を夜空に浮かべながら、長い時間思い返していたのでした。

 

あ、それで、風邪をひいてのどを痛めたのか?!

 

それでは、また。

冬休みの思ひ(い)出。

2025年1月7日 17時44分

ご無沙汰しておりました、村瀬です。

2025年がスタートしました。

オフィシャルぶろぐ「本日のオレンジキッズ」にも記しましたが、

思いの外、元気にはつらつとした子どもが多く、

朝から驚かされました。

「村瀬、明けましておめでとうございます。

 今年もよろしく」

と、6年生の少女から声を掛けられました。

喪中(もちゅう)であり、

新年の挨拶を控えていた村瀬でしたが、

あまりの爽(さわ)やかさに、

「おめでとうございます!

 こちらこそよろしくお願いします!」

と、爽やかにマナー違反を犯(おか)してしまったのでした。

とにもかくにも、

長期休暇明け、誰よりもうなだれていた村瀬は、

早朝から元気を分けてもらいました。

加えて元気をもらったのは、

これまた6年生の少女から、年賀状をいただいたことです。

そこには、ぶつぶつを愛読してくれているとの言葉が!

嬉しすぎて、

冬休み、だらだらになったせいで、

いつも以上に山積みにされている仕事を脇におき、

ぶつぶつし始めちゃった次第です。

 

さて、冬休みはいかがでしたでしょうか。

ご家族で素敵な思い出はできましたでしょうか。

穏やかに日々を過ごすことができたでしょうか。

「村瀬、海入ってきたよ」

「なんですと?!

 この時期に海水浴、

 さては、南国に旅立ったのであるな!」

「村瀬、雪遊びできたし、

 海鮮丼もおいしかったよ」

「なんですと?!

 雪に加えて海の幸を楽しむ、

 さては、北の大地に足を運んだのであるな!」

と、羨(うらや)ますぎる話もちらほら耳に飛び込んできました。

 

村瀬家の冬休みは、といいますと、

その対極にあるといっても過言ではありませんでした。

まず、開始早々、

相方がダウンしました。

流行の最先端を捉え、

インフルエンザとやらに感染してしまったのでした。

そして、息子まいける(通称)も、後を追うように。

ポンコツ家庭人で名高い、

父村瀬が出動せざるを得ない状況となりました。

何年か前、

相方とまいけるが、

例のういるすにやられてしまい、

父と娘まーがれっと(通称)による、

七転八倒の日々を過ごしましたが、

それが再びやってきたような日常でした。(A小学校過去ぶつぶつ参照)

比較的軽症であったのが幸いでしたが、

まーがれっとまでも引き込まれないように、

できる限りの隔離(かくり)政策がとられました。

 

「まーがれっとよ、

 外に出て運動じゃ!」

と、二人で寒さに震えながら、

まーがれっとの日誌の課題で出されていた、

「縄跳び」にトライした日がありました。

二重跳びに挑戦するまーがれっと。

失敗を繰り返していたので、

「はっはっはっ、まーがれっとよ、まだまだじゃな。

 どれ、父が手本を見せてやろうではないか。

見よ、この軽やかなハチドリのような舞いを!」

と、父村瀬は縄を回し、ぴょんぴょん跳び始めました。

「そいや!」

と、二重跳びを開始。

そして、2回目で引っかかり、

あげくには着地で足をぐねり。

「おのれ、謀(はか)ったな、縄跳びめ!」

と、叫ぶ父を白い目で見ていたまーがれっとなのでした。

 

何はともあれ、

父とまーがれっとは魔の手を振り切り、

どうにか健康なまま、年を越しました。

そんな正月のとある日、

「父上、

 このままでは日誌の思い出のぺーじに、

 何を書いたらよいかわかりませぬ」

と、まーがれっとがぼそりとこぼしました。

今年は喪中の身でありましたので、

初詣などにも行けません。

相方やポンコツ父に代わり、

家事を頑張っていたまーがれっとです。

少しは報(むく)いてあげたいと、

父はこんな提案をします。

「まーがれっとよ、

 そなたの愛好している、

 米国の漫画『落花生(らっかせい)』で活躍しておる、

 白と黒の犬の品々が売っている専門店があるじゃろう。

 どうじゃ、久しぶりに行きたいか?」

まーがれっとは珍しく喜び、

父は連れていったのでした。

店についてそうそう、

期待に輝いていたまーがれっとの目が、

みるみる曇(くも)っていきます。

「父上、一大事でございまする。

こちらをご覧(らん)ください・・・」

父は言われるがまま、店内のちらしに目を運びます。

「閉店のお知らせ」

と、記されているではありませんか!

その準備のためでしょう、

商品が多く片付けられ、

まーがれっとが見たかった商品のかけらもありませんでした。

お気に入りだった店舗がなくなることを知り、

まーがれっとは強く衝撃(しょうげき)を受け、

「これも父上のせいでございますわ!」

と、ひどい言葉を父に投げてきたのでした。

 

いかがですか、村瀬家の冬休みは。

なかなかのものでしょう。

何事もなく、穏やかな日々を過ごせたのなら、

十分幸せなことなんだと感じませんか。

 

ところで、年末年始、

病院に行ったり買い物に行ったりしたわけですが、

そこでつくづく感じたことがあります。

多くの人が華(はな)やいで過ごす日々の中で、

それを支えてくださっている人が大勢いる、ということです。

きっと、東小学校の保護者の皆さんの中にも、

世間のカレンダーに関係なく、

周りのために活躍していた方もいらっしゃることでしょう。

皆さんのおかげで、

冬休み、多くの笑顔が生まれたのだと確信します。

お疲れ様でございました。

それ以上に、ありがとうございました。

そんなご家庭で過ごしていたお子様たちよ、

どうぞ誇りに思ってくださいね。

 

そんなわけで、

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

余裕があれば、

このしょーもないぶつぶつも、

どうぞよろしくお願いいたします。

 

それでは、また。

2学期も、感謝。

2024年12月23日 14時30分

こんにちは、村瀬です。

今日も底冷えのする冬の季候となっております。

しかし、子どもたちの心はボカボカのご様子です。

そりゃそうですよね。

明日から冬休み。

今日で学校生活も一段落です。

 

まずもって、

東小学校の子どもたちが全員、

2学期を終えることができたことに、

心からほっとしております。

健康を害してしまった(現在進行形の子もいますが)り、

思うように事が運ばなかったりと、

順調とはいえないこともあったかとは思いますが、

全員が生きて年を越せる場所までこれたこと。

大げさではなく、

それは何より素晴らしいことだと感じます。

 

これは、ご家庭のサポートなくして、

ありえないことです。

陰(かげ)になり、日向(ひなた)になり、

日々、子どもたちを支え続けていただいたことに、

心から感謝申し上げます。

ありがとうございました。

 

また、地域の皆さんや市役所をはじめとする行政機関の皆さんにも、

今学期も力強く支えていただきました。

その支えがあったからこそ、

学校運営をどうにか進めることができました。

誠にありがとうございました。

 

ついでに、

日常生活に何の影響も与えない、

このどうでもいいページに足をお運びいただいた、あなた様にも、

感謝を伝えたいと思います。

「村瀬、誰もいないトイレに『おはよう』って叫んだんでしょ?」

「ん? なぜそのことを3年生のあなたが知ってるの?」

「だって、お母さんが言ってたもん」

「村瀬、水道管に穴開けたんだって?」

「ん? なぜそのことを1年生のあなたが知ってるの?」

「お母さんが教えてくれたもん」

なんてやりとりを、時折子どもたちと交わすことがあります。

その度に、

「この超慌ただしい日々の中で、立ち寄って下さっているんだなあ」

と、感涙(かんるい)しておりました。

また、時折、応援のお言葉までいただくこともありました。

その温かさにも、落涙(らくるい)しておりました。

その喜びを原動力に、どうにか今学期も、

圧倒的に低いハードル(週に一度ぶつぶつ)を達成することができました。

そこの希有(けう)なお客様。

おだやかに見守り続けてくださり、

感謝、感激でございました。

ありがとうございました。

 

さて、いよいよ冬休みです。

今年は「奇跡の9連休」とアナウンスされているように、

年末年始をゆっくりできる方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

子どもも大人も、

この一年で蓄積(ちくせき)してしまった疲労が、

少しでも溶けて楽になるといいですね。

加えて、それぞれのご家庭で、

一つでも多く笑顔になる思い出が創られることを、

心より願っております。

 

というわけで、

今年はこれにて、口を閉じたいと思います。

皆さん、

めりーくりすます、そして、良いお年を。

 

それでは、また。

お宝探し、再び。

2024年12月19日 18時55分

こんにちは、村瀬です。

「夏の暑さに反比例してあいさつの声が小さくなる」

ということを以前ぶつぶつしました。

その折に、

「冬の寒さに反比例してあいさつの声が小さくなる」

という予想を立てましたが、

見立て通り、

マスクを越えられない声量であいさつする子どもが続出しました。

ところが今週に入り、

日を追う毎に、ボリュームが上がり、あいさつを返してくれる子どもが、

着実に増えてきました。

どういうわけか、

答えは実に明確です。

待ちに待っていた「冬休み」が近づいてきたからです。

2学期も残り2日。

体調を崩さずに、お休み入ってほしいものですね。

 

さて、少し前の話です。

東小学校には名所がいくつかありますが、

その内の一つ、

「あしがら山」にて事件が起きました。

遊んでいた子どもが、

山中(さんちゅう)で「クギ」を発見したのです。

幸い、誰かがけがをしたわけではなかったのですが、

危険物が見つかってしまった以上、

ほかっておくわけにはいきません。

あしがら山一体を封鎖し、

しばらくの間「登山禁止」という措置をとることになりました。

 

あしがら山は、

子どもたちの大人気スポットです。

大放課には、登頂、下山を繰り返す子どもが殺到(さっとう)します。

なんだかみんな、楽しそうです。

このまま、封鎖を続けてしまえば、

「山ぼーいアンドがーる」の笑顔が消えてしまいます。

 

昨年度、

「運動場に眠る金属片をさがす」

というミッションを実施したことがありました。

さながら「PKO(国連平和維持活動)」で見られる光景のように、

「金属探知機」を使用して運動場を探索したことがありました。

現在は信州に生活の拠点を移された、

K先生を隊長に祭り上げて実施しました。

(昨年の10月あたりのぶつぶつ参照)

 

考えてみたら、そのとき「あしがら山」も探索範囲だったはずです。

そして、もっとよく考えて見たら、

その場所は村瀬が担当したのでした。

誰も信じてくれないでしょうが、

適当に行ったわけではありません。

村瀬にしては丁寧に活動したつもりでした。

けれども、クギが見つかったという事実がある以上、

責任は村瀬にあります。

ごめんよ、子どもたち。

きみたちの笑顔を取り戻すため、

村瀬、踏ん張るよ。

 

ということで、再び市役所から金属探知機をお借りし、

いざ、捜索開始です。

すると、早速、

「ピピーッ、ピピーッ」

と、反応がありました。

用意したスコップで、ホリホリしていきます。

あしがら山の地盤は固く、なかなか掘り進められません。

時折金属探知機を掘った場所に当てて確認すると、

まだ、「ピピーッ」と反応します。

そして、最終的に発見されたのは、

「プルトップ」ただ1つ。

労力の割に合わない物が出土され、村瀬はげんなりです。

この広大な範囲をこのペースでやっていたら、

日が暮れてしまうのではないか(開始時刻、午後3時)。

もうすでに、冷え込みが強いぞ。

このままでは、山間部で夜を越すことになるのではないか。

最近はどうもこの周辺に獣(けもの)が現れるらしい。

命の危機がそこまでせまっている!

あしがら山の麓(ふもと)で、

金属探知機とスコップを持ちながら、

パニックになりかけた村瀬に、

不意に声が飛んできました。

「村瀬、何やってるんですか?」

振り返ると、にやにやしながら近づいてくる、

6年担任のT先生が確認できました。

心に日々ふんぞり返っている悪魔村瀬が、

「しめた!」と叫びました。

村「おお、これはこれはT先生、

 よいところに来られましたな」

T「その手にしている物は何ですか?」

村「ああ、これかい?

 これは金属探知機だよ。

 これでね、この山に潜む危険物を捜しているんだよ。

 それにしても、T先生、

 どこかヒーローの面影(おもかげ)があるね。

 ほら、横顔とかさ。

 この金属探知機も似合いそうだ。

 いや、待てよ。

どちらかというと、

 スコップの方が馴染(なじ)みそうだね。

 もってごらんよ。

 わあ、やっぱりだ。

 この学校で誰よりもスコップが似合うよ。

 いや、市内で一番じゃないかな」

T「え、そうですか?」

照れるT先生に悪魔村瀬が畳みかけます。

村「どうだろうT先生、いや、ヒーロー。

 私と一緒に、子どもたちの安全を守るため、

 あしがら山を攻略してみないかい?」

T「いいですよ。

でもぼく、金属探知機、

使ってみたいですね」

村「いやいや、これはね、

 実はとてもでんじゃらす(危険)なんだ。

 どうやら使い方を間違えると、

 体中に電流が流れる仕組みになっているらしい(大うそです)。

 みんなのヒーローを危険にさらすわけにはいかないよ。

 ここは、『血管年齢が60代後半』と診断され、

 途方にくれている私が、その役目を引き受けよう。

 きみは、私が発見した危険箇所を、

 その手にしている、

通称『勇者のスコップ』で掘り進めてくれたらいいんだ。

 ほら、この音を聞いてごらん。

 今、ピーピーいったろ?

 この下に危険物が眠っているんだ。

さあ頼んだよ、東小のヒーロー!」

 

T先生は、まんざらでもなさそうな顔で、

力強く掘り起こしてくれました。

悪魔村瀬は、

「ここだよ、ここで鳴ったよ」「あ、ここも鳴った」

と、T先生に教えるだけです。

幾つも堅い地盤を掘っているうちに疲労も溜まり、

手を痛そうにしているT先生。

それを見事にスルーする村瀬。

こうして最高のコンビが誕生し、

無事にあしがら山一帯の調査を終えたのでした。

 

そんなわけで、あしがら山の安全は無事に確保され、

入山禁止の措置は解除されたのでした。

そして翌日から、

登山、下山を楽しむ子どもたちの笑顔が戻ったのでした。

めでたし、めでたし。

(ちなみに出土した品々は、

 オフィシャルぶろぐ「本日のオレンジキッズ」に紹介されております。)

 

ところで、T先生が村瀬になんだか冷たいのは、

どういうわけでしょう?

 

それでは、また。

珍しい光景。

2024年12月12日 15時09分

こんにちは、村瀬です。

今日は保護者会3日目です。

本日もお忙しい中お時間をつくっていただきありがとうございます。

明日まで、どうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、相変わらず、感染症の暴風が吹き荒れている東小です。

残念ながら、早退者が相次ぎ、

明日から閉鎖される学級も出てしまいました。

早退者も相次ぎ、その対応をはじめ、

なんだかんだとてんやわんやの職員室です。

 

今日は慌てふためいていた教頭先生が、

給食センターに連絡を取ろうとして、

なぜか職員室に「内線」連絡をかけ、

それを斜め前に座っている事務のTさんが応対する、

という珍しい光景が見られました。

かくいう村瀬も、

連絡すべき内容を校内の電子掲示板に書き込んだつもりが、

全小中学校の掲示板に記す、

という行動をとってしまいましたが。

しかしまあ、こちらのやらかしは、すぐに自分で気付き、

おそらく誰にも気付かれていなかったので、

このまま闇に葬(ほうむ)りたいと思います。

ちなみにこの失敗は、年に1、2度やっております。

 

さて、本校は現在、4学級が閉鎖しております。

ですので、職員室に人が複数いる時間が長くなっています。

これもまた、最近の東小学校では珍しい光景です。

職員室にぽつんと一人になり、

お手洗いに行くことも憚(はばか)られる、

という状況が頻繁(ひんぱん)に起こっております。

複数の電話が掛かってきたら、お手上げです。

もしも学校に電話されたときに、

昼中にも関わらず誰も出ないというときは、

そういう状況にあるんだなあとご理解いただければ幸いです。

 

ところで、

閉鎖中の学級担任が何をやっているのか。

別に、暇でぼーっとしているわけではありません。

各クラスの子どもたちの健康状態をチェックしたり、

閉鎖開けの授業内容を考えたり、

村瀬のように頬杖(ほおづえ)をつきながら、

ぽかーんと口を開けてサボっていることなく、

皆さん働きまくっております。

自分の学級のこと以外にも、

学年や学校全体のサポートも買って出てくれています。

「補欠を組む」(過去ぶつぶつ参照)担当の村瀬が、

「困った困った。この時間は人が足りぬなあ。

 どこかに人はおらぬかなあ」

と、わざとらしく声を上げると、

「私行けますけど」

「自分も大丈夫です」

と、駆け付けてくれます。

「え? いいんですか?」

と、内心ニヤニヤしながら代役を依頼している、

悪徳教務主任と化した、今週の村瀬です。

 

さて、現在は保護者会中です。

その準備で、多くの担任陣は下校に参加することができません。

そんな中、閉鎖中の学級担任S先生とF先生が、

電話での懇談に切り替わったご家庭が多くあったのか、

時間に余裕ができたということで、

下校の全体指揮の役目を引き受けてくれました。

本来は村瀬がやるべきことでしたが、

「え? いいんですか?」

と、内心ニヤニヤしながらお願いしました。

 

初日、S先生は教員が少ない中、子どもたちを上手に指導して、

スムーズに下校させました。

 

二日目、F先生も、子どもたちをほめながら、

速やかに静かにさせることに成功しました。

が、この後、一体どういう話の流れだったか記憶にないのですが、

マイクを通して、次のような言葉を残しました。

「先生は今27歳で、すっかりおじさんになりましたが・・・」

この音声は、運動場だけでなく、

校舎内にも響き渡っていました。

この言葉を聞いた瞬間、多くの先輩教員がピクッと反応した様子です。

F先生が職員室に戻ったとき、

先輩教員陣に取り囲まれ、

「あなたがおじさんだったら、私たちは何?」

「あなたの倍近く生きている、私たちは何?」

と、散々とっちめられた、とのことでした。

あいにくその場にいなかったので、

そんな珍しい光景を、ニヤニヤしながら見たかったなあと思う、

悪徳教務主任の村瀬です。

 

さあ、そろそろちゃんとした業務に戻らないと、

真面目に懇談している保護者の皆さんや担任陣にとっちめられそうなので、

口を閉じます。

まあ、その光景は珍しくありませんが。

 

それでは、また。

暴風と寛容さ。

2024年12月10日 16時24分

こんにちは、村瀬です。

朝の冷え込みは老体に堪(こた)えましたが、

現在はとても穏やかな気候です。

紅葉する樹々がとても美しく映(は)えております。

 

そんな穏やかな校外の一方、

校内はとんでもない暴風が吹き荒れております。

インフルエンザをはじめとする、

感染症たちが大暴れです。

現在、4つの学級が閉鎖の措置となっております。

その勢いは、未だ衰えておらず、

明日はどうなることやらと、ハラハラしている教員陣です。

 

しかしそれはきっと、

我々だけでなく、保護者の皆様もかと思います。

村瀬も我が子「まいけるアンドまーがれっと」(通称)の学級が、

学級閉鎖となった経験をもありますので、

保護者の気持ちも分かっているつもりです。

 

まず真っ先に生じた問題は、

相方と父村瀬、どちらが在宅するか問題です。

村瀬家は共に働いておりますが、

どうしてもどちらかが家にいる必要があります。

我が家の場合、午前の部、午後の部に分けて、

どうにか難局をしのごうとした覚えがあります。

しかし、相方も感染し、

結局、一番役に立たない父以外、

全員が床に伏(ふ)した状況に陥(おちい)りました。

ちなみに、自慢(じまん)ですが、

村瀬は不惑(ふわく)を越える今に到るまで、

インフルエンザに一度も感染したことがありません。

感染中のまいける、まーがれっとと共に寝ていたとき、

両者から超至近距離でせきをされ、

飛沫(ひまつ)を顔面に何度も浴びましたが、

しっかりと耐え抜きました。

村瀬唯一の長所といっていいかもしれません。

まあ、その代わりに、

扁桃腺(へんとうせん)を腫(は)らすという特技も有しておりますがね。

 

そんなことはさておき、

とにかく学級閉鎖の措置は、各ご家庭に大きな負担を掛けます。

我々も、申し訳なさを強く感じております。

ちなみに今回は、クラスによって期間が異なりました。

それは、その状況に到るまでの、

学級のこどもたちの欠席状況や体調の情報を基に、

学校医様が判断してくださった結果です。

ピークが過ぎている状況なのか、

それとも、これからピークを迎えそうなのか、

そういった状況を見極め、期間を決定していただきます。

後者の場合、期間が長くなってしまうわけです。

「もう少し、短くしていただけませんかねえ。

 せめて、2日とか、どうでしょう?」

と、交渉したいところではありますが、

子どもたちの健康・安全に関わる問題ですので、

そういうわけにはいかないことをご理解ください。

 

さらに今回は、不運が重なり、

保護者会と同時期の流行となってしまいました。

ご家庭によっては、ご来校がかなわず、

電話での懇談となってしまいました。

また、健康状態を毎日報告していただかなければならず、

ご負担を掛け続けております。

 

にもかかわらず、

どのご家庭も、言いたい思いをぐっと飲み込んで、

こちらからのお願いを粛々と受け入れていただいております。

本当に、ありがたい限りです。

今回の件に限らず、

様々な場面で見られる保護者の皆さんの寛容さを、

村瀬も見習わなければと痛切に感じるとともに、

子どもたちにも養いたいと思います。

 

それにしても、

この暴風がおさまって、

校内も穏やかな日常が早く戻ってきてほしいなあ。

 

それでは、また。

バスの中より。

2024年12月6日 09時04分

おはようございます、村瀬です。

本日は一段と冷え込みがキツくなりましたね。

起きたらなぜか、靴下をはいていました。

無意識の村瀬も、寒かったのでしょうね。

 

さて、昨日、

隙があったらまたぶつぶつするとぶつぶつしましたが、

早速隙があったのでぶつぶつしている次第です。

現在村瀬は、バスに揺られております。

オフィシャルぶろぐ「本日のオレンジキッズ」に記した通り、

4年生の校外学習の引率に紛れ込むことに成功しました。

 

何度もこぼしているように、

東小学校は空前の人手不足に落ちいっております。

今日も「補欠を組む」(過去ぶつぶつ参照)状況でしたが、

村瀬は引率者ですので力になれません。

「教頭先生、誠に申し訳ない。

 この人手不足の折に、後ろ髪を引かれる思いですが、

 村瀬はただいまより、

 荒れ狂う木曽の川を治めようと命懸けで尽力してくださった、

 薩摩藩の人々に手を合わせてこなければなりませぬ。

 後のことは任せましたぞ!

 これにて御免(ごめん)!」

と、仕事を押し付ける形で飛び出してきました。

 

そんなこんなで、現在、名古屋高速道路上です。

村瀬が乗車しているバスの子どもたちは、

めっちゃんこお利口ですので、

あーだこーだ言う必要がありません。

なんなら、支援級担任のT先生が同乗してくださっており、

的確な指示を出してくださるので、

村瀬はますます、やることがありません。

ということで、こうしてぶつぶつできているわけです。

 

バスは一路、木曽三川公園に向かっております。

村瀬は13年振りの来園です。

13年前、村瀬はこの東小学校で、

4年生の担任をしておりました。

クラスには、なんと41人の子どもが在籍しておりました。

当時は一学級あたり、40人の在籍が認められており、

途中で1人仲間が加わったのでした。

(翌年から3学級になりました。)

教室(北館2階)は、まさに「すし詰め状態」。

机の間を通ることもままらない状況でした。

それでも毎日ワーキャー楽しくやっていたことを、

懐かしく思います。

 

そういえば、木曽三川公園で昼食を食べていたとき、

見事に弁当をひっくり返していた子、いたなあ。

村瀬の愛情たっぷりコンビニおにぎり、あげたっけ。

ん? あいつ、まだ恩返しに来てないぞ。

 

なんて、車窓を流れる名古屋の街並みを見つつ、

13年前をしみじみ振り返っている村瀬です。

それにしても、4年生、お利口だなあ。

それでは、また。

仲間が増えたよ。

2024年12月5日 16時56分

こんにちは、村瀬です。

本校のカラーを意識しているのでしょうか、

東小学校の運動場の南側に、

(ほぼ)背の順で並んでいるプラタナスの木々が、

とてもいい感じでオレンジに色づいています。

「遊歩園」の雑木林も同様で、

少しだけ遅いですが、紅葉を楽しめる近頃の東小です。

お近くにお寄りの際は、ぜひご覧くださいませ。

 

さて、久しぶりのぶつぶつになってしまいました。

「週に一度は更新」

という、極めて低いハードルを、

危(あや)うくまたぎ損(そこ)ねてしまうところでした。

サボりまくっていたツケがちゃんと巡ってきたのでしょう、

ここのところ、いつも以上に、

バタバタ、いや、ドタバタ、いや、ジタバタしています。

そうこうしている間に、

月も変わって「師走(しわす)」に突入していました。

 

前回のぶつぶつから、およそ10日程経過しておりますが、

この間、一体何があったでしょうか。

振り返って最初に頭に浮かんだのは、

オレンジキッズの仲間が増えた、ということです。

 

今週始め、2年生と3年生にそれぞれ転入生を迎え入れました。

3年生に加わったお子様は、

転入早々、

「村瀬の外国語」という難題をぶつけられました。

相変わらずの「大和魂」(やまとだましい)あふれるイングリッシュに、

度肝(どぎも)を抜かれたことでしょう。

あまりにも申し訳ないので、

「きっと前の学校と全然違うでしょ。

 インチキな外国語の授業でごめんね」

と、授業後謝罪したところ、

満面の笑みでうなずいてくれました。

笑顔が見られてよかったと思うと同時に、

「インチキ」を深く肯定されて、

複雑な気持ちになったのでした。

 

とにもかくにも、

2人はこれまでもオレンジキッズだったかのように、

すでに馴染(なじ)んでいる様子です。

その適応力の高さに憧(あこが)れを抱く村瀬です。

 

あとは、一体、何があったっけ?

先週は行事ウィークでみんないろいろ出掛けていたけど、

村瀬はお留守番だったなあ。

日々、図画工作と外国語の授業に翻弄(ほんろう)され、

ボロボロになったなあ。

外国語の授業が頭にこびりつきすぎて、

図画工作の授業中、ハサミを手にしながら、

「このシザースを・・・」

なんて、思わず口から飛び出ちゃったなあ。

とある保育園に届け物をするために出向いたとき、

「変なおじさんがきた」

って、すれ違った少年に言われたなあ。

「そうです、私が・・・」とは、

肯定できなかったなあ。

 

なんて、どうでもいいことを振り返っている間に、

机の上に書類が積み上げられてきました。

見て見ぬふりをできぬ量です。

本務に戻らねばならぬときがきたようです。

また、隙を見つけてぶつぶつをこぼしたいと思います。

 

それでは、また。

当たり前のこと。

2024年11月26日 12時44分

こんにちは、村瀬です。

村瀬の背がどんどん丸まってきております。

すっかり冬ですね。

そんな中であっても、

半そで・短パンボーイあんどガールが、

いつの世でも一定数いるものです。

「村瀬、寒いよ」

朝方、とある半そでボーイが訴えてきました。

「じゃあ温かい服、着なさいよ」

と、言うのが真っ当な返答でしょうが、

「気合いが足りん!」

と、喝(かつ)を入れた、

はるか昔、半そで・短パンボーイだった先輩の村瀬です。

 

今日も東小学校には、

いつものように子どもたちの笑い声が響いています。

寒さに負けず、大放課には多くの子どもが、

運動場を走り回っています。

廊下ですれ違うと、「こんにちは」とあいさつをしてくれたり、

全校のために係や委員会活動に励(はげ)んでくれたりしています。

 

今朝、久しぶりに職員室の前に立ってあいさつをしました。

冒頭の少年だけでなく、

何人もの子どもが村瀬に声を掛けてくれました。

「村瀬、久しぶりじゃん」

「村瀬、元気?」

「村瀬、早く図工やってよ」

「村瀬、お菓子(かし)の名前教えて。

みんなで72個言えたよ」

当たり前の会話に、

村瀬は元気をもらいました。

 

私事の話で恐縮ですが、

つい先日、身近な人が他界しました。

そのため、しばらく学校から離れておりました。

急な出来事で、

今でもどこか信じられず、

現実として受け入れがたい思いを抱えています。

そんな状況だからこそ、

東小に広がる「いつも」の光景や「当たり前」の会話が、

まぶしく思えます。

 

本当はどこにも、

「当たり前」のことなんてない。

今日穏やかな日だとしても、

明日も続くとは限らない。

そう理解しているはずなのに、

すぐに忘れてしまいます。

くだらないことで笑えること。

ちょっとしたことで腹が立つこと。

うまくいかず落ち込むこと。

ただただぼーっと過ごすこと。

そんな日常を送れるが、どれほど素晴らしいことか。

勉強や運動が苦手でも、

思うような活躍ができなくても、

この世界に生きている。

それだけで、どれほど尊(とうと)いことか。

そんなことを、今、痛切に感じています。

 

「村瀬、また『やらかしちまった話』聞かせてよ」

そう言って4年生の少年が通り過ぎていきました。

「おうよ、任せとけ!」

心のどこかに穴が空いてしまい、

北風のような冷たさがスースー吹き抜けるこの頃ですが、

こうした子どもたちとの当たり前のやりとりが、

少しずつその穴を塞(ふさ)いでくれることと思います。

そういえば、運動会のとき、

区分けのためのロープを巻き付ける杭(くい)が、

水道管を破損させたんだっけ。

それ、打ったの、村瀬。

よし、この話をしてあげよう。

(日進市教育政策課の皆様、ゴメンナサイ。

 迅速に対応していただき、ありがとうございました。)

 

それでは、また。

ゴーゴーゴー。

2024年11月19日 12時25分

こんにちは、村瀬です。

一気に気温が低下しましたね。

いよいよ布団から出られない日々が始まってしまいました。

長く続いた半そでライフも今週で幕を閉じることになるのでしょうか。

 

さて、本日の学校は祭の後のような、

静かな雰囲気となっております。

それだけ、16日の運動会が盛り上がり、充実したものだった、

ということのように感じます。

すでに、オフィシャルぶろぐ「本日のオレンジキッズ」に記しましたが、

PTA役員の方々をはじめ、保護者の皆様のご支援、ご協力のおかげで、

素晴らしい雰囲気の中、子どもたちが活躍を見せることができました。

改めて感謝申し上げます。

ありがとうございました。

また、土曜日ということもあり、

多くの来賓の方や、

以前東小に勤めていた先生方や、現在子育てに奮闘中の先生方に、

ご参観いただくことができました。

子どもたちもとても嬉しそうでした。

 

市政30周年記念大会となった今回は、

おかげ様で実に平和な大会になりました。

大きなトラブルと言えば、

プールのトイレがつまったことくらいでしょうか。

しかしまあ、これは昨年度も起きたことであり、想定内でした。

朝の準備中、

テントの上に溜まった雨水を村瀬がかぶったことや、

本来本部でどしっと構え、

会全体の進行に指示を出す体育主任が、

気がつけば席におらず、

楽しそうにカメラで子どもたちの撮影に励んでいたことなど、

小さなハプニングは多々ありましたが、

滞りなく運動会を進めていくことができました。

 

今年度は久しぶりの全校揃っての土曜日開催ということもあり、

各競技や表現に対する声援や拍手が一段と大きく聞こえました。

そんな中で、こちらも久しぶりでしたが、

「にっしん体操」

をみんなで行いました。

かつて村瀬が東小で担任をしていた際、

おそらく創立100周年記念の頃だったと思いますが、

東小の運動会で初めて行ったと記憶しております。

「にっしん体操」の考案者の方にお越しいただき、

全校でレクチャーを受けました。

その折に、体操の中で、

「ワクワク」や「日進」などの掛け声を入れると良いと教わりました。

その時、担任村瀬は、

クラスや学年の子どもたちに、

「いいか者ども、

 どこの学年よりも叫び、

 楽しく激しく体操するのじゃ!

 日進愛を示すのじゃ!」

と、ハッパをかけまくった覚えがあります。

ですので、その頃の卒業生は、

にっしん体操の曲が流れると、

自然と身体が動き、

むやみに絶叫することと思います。

 

また、こちらも久しぶりに、

「ゴーゴーゴー」

の歌声が運動場に響き渡りました。

元々、2年生の競技の際に、

待機している子どもたちが歌うのみの予定でしたが、

2年担任のK先生の呼び掛けで、

気が付けば歌の輪が全校に広がっておりました。

  

この「ゴーゴーゴー」という曲、

村瀬はとんでもない名曲だと感じております。

年末恒例の国民的歌番組でも歌われるべきだと考えております。

 

前奏が流れると、一瞬にして気持ちが運動会モードに切り替わります。

熱くたぎるものが心に広がっていきます。

担任村瀬だった頃は、

毎年歌われていました。

ですので、運動会が近づいてきますと、

「いいか者ども、

 誰よりも叫んで仲間を鼓舞するのじゃ!

 音程なんぞ気にするな!

 とにかく叫べ、叫ぶのじゃ!」

と、子どもたちを焚(た)きつけておりました。

そして、隙があれば曲をかけて歌わせたり、

「道場破り」と称して、他のクラスや学年に赴(おもむ)き、

合戦させたりしていたのでした。

ですので、その頃の卒業生は、

「ゴーゴーゴー」の曲が流れると、

自然と手を後ろに組み、身体を反(そ)らせ、

むやみに絶叫することと思います。

(最近、炭酸栄養ドリンクのCMにこの曲が使用されていますが、

 反応して急に叫んだりしていないか、多少心配しております。)

村瀬にとって、なんだか懐かしい気分になる時間が多く、

今回の運動会は、より一層胸が熱くなるものとなったのでした。

やっぱり、運動会って、

いいですよね。

それでは、また。